![]() ショパンと女流小説家ジョルジュ・サンドの出会いは、ショパンが26歳のときでした。 パリから南へ270キロの豊かな田園地帯ベリー地方に、ノアンという小さな村があります。 ここにはサンド家の館があり、ショパンは1839年の6月1日にはじめてこのサンド邸を訪れたのです。 ショパンはこの地を気に入り、1840年を除き、1846年まで計7回の夏をノアンで過ごし、 さまざまな名曲を作曲しました。 さて、ノアンにあるサンドの館には、このサンド家に代々伝わるレシピが残されています。 本企画は、ショパンも食べたであろう料理とともに、ショパンとその仲間達がノアンに集って催された サロン音楽会を再現し、19世紀半ばのヨーロッパのサロン文化の粋を味わって頂こうという趣向です。 当日使用のピアノは、ショパンがこよなく愛したことで知られるプレイエル社(フランス)が 1907年に製造した燭台付の “ MODEL No.5 ロマンティカ ” (国立楽器サロン・ド・ノアン提供)です。 リストランテ国立文流で、ゆったりとした秋の一時をおすごしください。
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大保 麗香 (おおぼ れいか) フルート宮崎県出身。1986年・87年、宮崎県独唱・独奏コンクールにて連続入賞。 国立音楽大学在学中の1992年、全日本演奏家協会オーディションに合格。 1993年、国立音楽大学卒業。1994年、東京の森オーディションに合格。 同新人推薦コンサートに出演。同年12月、国際芸術連盟オーディションに合格。 翌年、新人推薦コンサートに出演。1995年8月、イタリア・レスピーギ音楽院サマーセミナーに参加。 アンドラーシュ・アドリアン氏に師事し、ディプロマ取得。1996年、ロータリー財団奨学生に選ばれ、同年、渡独。 1997年国立ミュンヘン、リヒャルト・シュトラウス音楽院に入学し、1998年卒業。 帰国後は2000年12月までムジカ・クオーレフルートアンサンブルに所属、コンサートマネージャーも務めた。 又、元道俊哉氏のCD、NHK“花の百名山”より「The Flowers」や“野鳥百景”より「The Birds」などにも参加演奏している。 これまでに宮本明恭氏、西田直孝氏、桐原直子氏、マリアンネ・ヘンケル氏、 エリザベト・ヴァインツィール氏の各氏に師事。国立音楽センター講師。 |
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林川 崇 (はやしかわ たかし) ピアノ、アレンジ1978年生まれ。東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。 少年時代にエディソンの伝記を読んだことにより、古い録音に関心を持つ。その後、ラフマニノフ等の演奏を聴いたのがきっかけで、往年の巨匠の演奏に傾倒。 彼らの録音による現在一般では演奏されない作品、特に19世紀後半から20世紀前半頃に活躍した巨匠ピアニストが 自らの演奏レパートリーのために作った作品や、編曲に強い関心を持つ様になる。 現在では楽譜の蒐集及び演奏を中心に取組む他、 (彼の演奏は、アメリカのラフマニノフ研究家、ジョン・アンドリュー・ダウド博士も絶賛) すでに現存しないピアノ作品の採譜にも傾倒。 中でも、ゴドフスキー編曲「埴生の宿」を ゴドフスキー自身の録音から採譜したものが、アメリカのMusica Obscura Editionsから 出版されている他、ホロヴィッツ編曲の「展覧会の絵」採譜は、江口玲の演奏によるCD (「レコード芸術」誌準特選盤)の ライナーノートにて、参考にした事が挙げられている。 自らも往年の巨匠スタイルによるピアノ用編曲を作曲し、マルク=アンドレ・アムラン等、世界的な演奏家からも高く評価されている。 |
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松原 聡 (まつばら さとし) ピアノ、構成1977年、神奈川県出身。3歳よりピアノを学ぶ。 9歳より桐朋学園子供のための音楽教室でピアノとソルフェージュを故、新井精氏、並びに周参見夏子氏に師事。 同年より更に和声・ソルフェージュを作曲家松井和彦氏に師事。 13歳でウィーン市立音楽院ピアノ科入学試験に最年少で合格。 16歳の時、初のリサイタルを開催。 18歳の時、全イタリア国立音楽院認定の演奏ディプロマを取得。 21歳よりピアニストの酒井忠政氏に師事した後、プラハ音楽院へ留学し、ピアノをヤン・ノヴォトニー教授に師事。 同音楽院を修了の後に帰国。2003年10月に神奈川県民ホールで開催された 1927年製フランスのエラールピアノを使用したコンサートに出演してデビューを果たし、好評を博す。 幼少期より19世紀から20世紀前半にかけて製造された欧米のヴィンテージピアノに傾倒して、 とりわけプレイエルを中心とした往年のフランス製ピアノに強い愛着を持つ一方で、 これらヴィンテージピアノでの演奏の普及を目指す傍ら、同時代の往年の巨匠によるピアノ録音を中心とした古い音源の収集、 研究にも取り組んでいる。現在、国立楽器サロン・ド・ノアンの担当者として、 プレイエルの普及や史料編纂、HPでの執筆・紹介を行う傍ら、ディレクター、演奏家として各種プロジェクトに参加。 |
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