The pianist, Kiyotaka IZUMI

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1月27日 オイペンにてチェロ-ピアノ・リサイタル

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  ベルギーには3つの公用語があります。オランダ語、フランス語、ドイツ語で、その内オランダ語圏とフランス語圏の街がほとんどで、ドイツに面したいくつかの小さな町でドイツ語が話されています。今回演奏したのはそのドイツに面した小さな町、オイペンでした。綺麗に整備されたこの町にはとても興味深い歴史が残っています。それは、カトリックとプロテスタントによる争いの歴史、その歴史を目の当たりに見ました。それを今からお話しましょう。今回は少し長い日記になります。

  まずその前に共演したチェリスト、ブンゼンダール氏について一言。彼はドイツ人の父とアメリカ人の母を持つハーフで、僕と共にアントワープ音楽院で学んだ学友です。3年前に一度ブリュッセルで一緒にリサイタルを行い、その後は遠ざかっていたので今回は久々の共演となりました。彼と僕の間にはおもしろいエピソードがあります。実は5年程前に「全く危険のない健康なスポーツ」という勧めに従って2人で合気道の道場に通った時期がありました(この道場はアントワープにあるのです)。ここで3ヶ月の間に3回怪我をし(彼は2回)すぐに止めたのですが、2人で組み手の最中に僕が彼の親指を突き指させ、僕は別の人との組み手で手首を捻挫、また投げ技をかけた時に相手が足の上に倒れてきて打撲、とさんざんな結果でした。道場の他の人達は怪我もなく順調に上達しているのに、なぜ僕らだけ。。。。身体が硬いのでしょうか。もしくは合気道や空手といった武術は音楽家には向かないのでしょうか。怪我を除けば(実はそれが一番肝心?)、それ以外はとても健康的で、また貴重な経験になりました。本当はもっと長く続けたかったのですが。黒帯が目標だったので。。。。非常に奥の深い武術でした。1度日本から有名な師範がおいでになり特別講義をなさった時には僕が通訳したりもしました。この道場に日本人は僕だけだったのです。

  話を演奏会に戻します。演奏会はプロテスタントの教会で行われました。1枚目の写真が演奏したプロテスタント教会で、2枚目がそこから1分の所にあるカトリック教会です。僕らは余裕をもって前日にはすでにこの町に到着していて、ここで念入りにリハーサルを行い、その晩はこの教会の神父さんの家に泊めて頂きました。神父さんの家は大きな豪邸で、ここに1つの歴史を発見したのです。この豪邸は外から見ると普通の豪邸にしか見えませんが、実は中が隠れ礼拝堂になっていたのです。この町はドイツ語圏ですので、以前はプロテスタントを信仰するドイツ系の人がたくさん住んでいました。しかしベルギーの国教はカトリックです。つまりその当時プロテスタントは公認されていなかったのです。そこで、プロテスタントの信者達は密かにこの隠れ礼拝堂へ集まっていたのだそうです。この話を聞いた時、日本のかつての隠れキリシタンの話を思い出しました。今はすでに信仰の自由があるのでここは公式に礼拝堂としても使われています。演奏会の当日は僕等が朝からリハーサルのために教会を占領してしまったので、この日はこの礼拝堂でミサが行われました。ところでこの貴重な建物の写真を撮るのを忘れてしまいました。。。。。

  ここでもう1つ大事な事がありました。「教会での演奏会」と聞いて、すでに想像できた方もいるかもしれませんが、この教会はとてつもなく寒かったのです。普段合唱団とのミサなどから教会での演奏は経験済みだったので、ある程度は心と衣類の準備をしておいたのですが、今回の寒さはそれをはるかに凌ぐものでした。まず、オイペンはアントワープよりもはるかに寒く(町の気温の差を計算にいれていなかった)、しかもこの教会の暖房が作動していず(これも予定外)、更に僕は風邪をひいていた(前回の日記を参照)。到着したその夜、6時間にも及ぶ長いリハーサルで身体は完全に冷え切り、その後偶然に見つけたインド料理のレストランで辛いインドカレーを食べ何とか身体を温めたのですが、泊めて頂いた神父さんの家の寝室の暖房が壊れていて、お風呂はなくシャワーだけ、しかもベットには薄い布団が2枚だけという厳しい条件が揃い、その晩はよく眠る事ができませんでした。夜中に寒さで目が覚めてしまうのですね。次の日の朝、起きてきたチェリストのブンゼンダール氏の目の下にも黒いくまが。明け方の4時まで眠れなかったそうです。神父さんとの朝食の場で「昨夜は良く眠れましたか?」の問いには、もちろん「はい、とても良く眠れました。」朝食の後また教会でリハーサルをしたのですが、吐く息が白く見えるこの教会の中で僕等の身体は完全に凍りつきました。僕よりも太っていて脂肪の多いブンゼンダール氏も「指が冷たくて弾けない!」とお手上げの様子。その時、今回の演奏会の主催者が現れ、「寒いので暖房を入れましょう」との有難い一言が出たのですが、それもピアノの調律士の「ピアノの調律が狂ってしまうので暖房は入れないで下さい。」により却下。暖房の真下にピアノが置かれていたのです(なぜそのような所に。。。)。そこで裏の控え室の暖房を入れてもらいそこで温まることにしました。

  このようにして演奏会が始まったのですが、いくら控え室で温まっても舞台へ出て3分もすると手足が凍るこの教会での演奏は非常に難儀でした。本来かなり早い曲も速度を落として演奏しなければならず(指が動かないので)、弾いていも別の曲を弾いているような感覚でした。それでもこの教会は音の残響がかなりあるので、むしろ遅く弾いて正解だったようです。この日はベートーヴェンやバーバーの「チェロとピアノのためのソナタ」を演奏し、その合間に僕も1人でショパンの曲を何曲か披露しました。ここで最もかわいそうだったのは実は僕等ではなく、むしろ聞きにきたお客さんの方だったのかもしれません。演奏が始まってもコートや手袋を脱ぐ人はもちろん一人もなく、静かにじっと座っていました。僕らはそれでも身体を動かしていますし、演奏による興奮もあり寒さを忘れる瞬間もありましたが、お客さんはただ座って聞いているだけですので、いかに寒かったことでしょう。。。。。それでも皆さんはとても熱心に最後まで演奏に耳を傾けていました。最後の曲が終わった時には大きな拍手を頂き、アンコールでフォーレのシチリアーノを弾き、無事に演奏会は終りました。終了後控え室にお祝いを言いに来て下さった神父さん(泊めて頂いた家の)は実はポーランド人だったそうで、「ショパンの音楽を聞けて素晴らしかった」と感無量の様子でした。主催者も大変満足げで、「また来て演奏して下さい!」と、そこですかさずブンゼンダール氏が 「では、次回は春か夏にお願いします。」

 1月27日 オイペンにてチェロ-ピアノ・リサイタル 1月27日 オイペンにてチェロ-ピアノ・リサイタル 1月27日 オイペンにてチェロ-ピアノ・リサイタル 1月27日 オイペンにてチェロ-ピアノ・リサイタル
2008年02月18日 和泉清孝
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